i-DMで高得点を取る方法

i-DMのスコア。3rd STAGE。今回:5.0・アベレージ:5.0

車の話です。

i-DMで高得点が取れるようになってきたので、その方法について現時点で分かる範囲でまとめました。

まとめ:どう運転すれば良いか?

先にまとめです。i-DMで高得点を取るには、このように運転したら良いと考えています。上から順に大事です。

  1. 「急」のつく運転操作をしない。そのために、周りの状況をよく捉えて、危険な状況になっても急操作を行わなくてすむようにする。
  2. 運転操作の回数を全体にわたって減らす。細かく加速したり減速したりハンドルの操作量を変えたりしない。無駄に加減速を繰り返したり、ハンドルを切ったり戻したりしない。
  3. 無理に青ランプ(点数が上がる運転)を取ろうとしない。取れる状況のときに取る。 4.青ランプは(1)「加速度の変化量のわりに揺れが少ない運転」か(2)「加速度が一定で安定している運転」(後述します)のどちらで青ランプを取るかを事前に狙い、取る

i-DMとは?

細かい説明をする前に、i-DMとは何かについてかんたんにまとめます。

i-DMとは、マツダが考える「良い運転」ができているかどうかを評価するシステムです。マツダは「意のままの走り」の実現に向けて(ドライバーが意のままに操れるような)車の開発に取り組んでいるようですが、それを実現するにはドライバーの側も車をうまく操作できることが大事だと考えているようです。その実現を支援するのがi-DMです。i-DMを通じてうまく車が操作できているかどうかをドライバーにフィードバックすることで、ドライバーの運転スキル向上を支援します。その結果、マツダが目指している「意のままの走り」を車とドライバーの両面から実現しよう、というねらいのようです。

詳しくは以下のPDFをご覧ください。ちなみに以降の説明も基本的にこの資料をもとにしています。この資料を見ながら読むとより理解しやすいはずです。

https://blog.mazda.com/wp-content/uploads/2017/10/5683f686954e8bd95ac993ef013f1ccb.pdf

「良い運転」とは何か?

さて、これからi-DMで高得点を取るための方法について説明しますが、そのためにi-DMが考える「良い運転」とは何か? をまず確認します。

これは上記PDFの3ページ目に詳しく書いてありますが、まとめると以下の4つになります。

  1. 加速度の変化量が大きいわりに、身体に感じる揺れは少ない
  2. 加速度が一定以上あるが、加速度の変化量は少なく、安定している
  3. 細かい運転操作をしない
  4. 全体的に、運転操作の頻度が少ない

順に説明します。

加速度の変化量が大きいわりに、身体に感じる揺れは少ない

これは、どんどん加速の程度が増しているのに、それにしては身体に感じる揺れが少ない、という意味です。

「加速度の変化量」とはなんでしょうか? それを知るために、まず、「加速度」とは何かを説明します。

加速度とは、ある一定時間にどれだけ速度が変化したか、ということです。例えば、ある時刻に5[km/h]で車が走っていて、1秒後に10[km/h]になったとしましょう1。そのとき、この1秒間での加速度は、(10[km/h]-5[km/h])/1[s] = 5[km/h/s]となります。つまり、1秒間で速度が5km/h上がった、ということになります。

次に「加速度の変化量」を確認していきましょう。加速度の変化量とは、上記で見た加速度が、ある一定時間の間にどれだけ変化したか、です2。例えば、ある時刻に5[km/h]で車が走っていて、1秒後に10[km/h]、2秒後に20[km/h]で走ったとします。このとき1秒後の加速度は5[km/h/s]、2秒後の加速度は10[km/h/s]になります。このとき、2秒後の時点で、加速度の変化量は(10[km/h/s]-5[km/h/s])/1[s] = 5[km/h/s2]となります。つまり、1秒間に5km分、加速度(加速の度合い)が上がった、という意味になります3

それでは「加速度の変化量が大きいわりに、身体に感じる揺れは少ない」の理解に戻りましょう。「加速度の変化量が大きい」ということはすなわち、時間が進むにすれてどんどん加速の度合いが大きくなっていく、という状態です。最初はゆっくり発進加速していたけれども、数秒後には大きな加速度になっている感じですね。時間を横軸、速度を縦軸とするグラフでは、二次関数のような軌跡をイメージしていただくと分かりやすいかと思います。そのような運転状況下にあっても、「身体に感じる揺れは少ない」つまり身体や頭の揺れが比較的大きくはないときに、i-DMは高評価(青ランプ)を出します。逆に、揺れが大きいときは、低評価(白ランプ)となってしまいます。そのどちらでもないとき、すなわち加速度の変化量があまり大きくなくて、身体もあまり揺れない場合は、通常の評価(緑ランプ、「やさしい運転」と評しています)になります。

ちなみに「身体に感じる揺れは少ない」ですが、これは上記PDFの4ページ目に載っていますが、バネマスモデルというのを使って推定しているようです。ここについてはよく分からないので、何とも言えませんが、揺れているかどうかを身体で感じましょう4

加速度が一定以上あるが、加速度の変化量は少なく、安定している

これは、「加速度が一定以上ある」つまりそれなりの加速で運転しているのに、「加速度の変化量は少ない」つまり加速の度合いが上がったりも下がったりもしていない、安定して同じ程度で加速している場合に、青ランプがつきます。それ以外の場合は特に評価に影響しません。

細かい運転操作をしない

これは上記2つの加速度から出される評価とは別物です。運転操作について着目してください。

加速・旋回・減速の各操作を行うときに、その操作量を短時間で上げたり下げたりしないようにしてください。細かく運転操作をすると、白ランプがついてしまいます。例えば、カーブの角度を見極めきれなくて、ハンドルを回す量を増やしたり減らしたりするのを繰り返したり、アクセルを踏もうかどうか迷う感じで、離したり踏んだりを繰り返すと、白ランプがつきます5

全体的に、運転操作の頻度が少ない

これは全体的な運転操作の頻度です。細かく加減速や旋回を繰り返していると、減点されます。この判定項目は、個々の運転操作についての評価ではないため、白ランプはつきません。スコアにのみ反映されます。そのため、高得点を狙うときはこのような判定項目もあることを知っておくとが良いでしょう。

どう運転して高評価を取るか?

以上で見てきた4つの判定項目があるi-DMで、どのように運転したら高得点を出せるかについて考察します。

最初の「まとめ」の内容を再掲します。上から順に大事です。

  1. 「急」のつく運転操作をしない。そのために、周りの状況をよく捉えて、危険な状況になっても急操作を行わなくてすむようにする。
  2. 運転操作の回数を全体にわたって減らす。細かく加速したり減速したりハンドルの操作量を変えたりしない。無駄に加減速を繰り返したり、ハンドルを切ったり戻したりしない。
  3. 無理に青ランプを取ろうとしない。取れる状況のときに取る。
  4. 青ランプは(1)「加速度の変化量のわりに揺れが少ない運転」か(2)「加速度が一定で安定している運転」のどちらで青ランプを取るかを事前に狙い、取る

それぞれについて解説します。

1.「急」のつく運転操作をしない:これは通常の安全運転でも言われることです。急加速、急旋回、急ブレーキをしない。これらは「身体が揺れる運転」になり、白ランプがついてしまいます。そのため、周りの状況をよく観察して、事前に危険を察知したりあるいは起こりうる危険を予測して急制動しない運転を心がけることが大事です。

2.運転操作の回数を全体にわたって減らす:これは、「全体的に、運転操作の頻度が少ない」の判定項目に関わってきます。漫然と前の車に合わせて細かく加減速を繰り返していると、評価が下がってしまいます。そのため、渋滞時などにおいても、なるべく運転操作の回数は減らすようにしましょう。幹線道路で流れているようなときでも、無理に前の車との車間距離を詰めたりせず、余裕をもって少ない運転操作の回数で発進、停止できるようにしましょう。車間距離を取ることは「1.「急」のつく運転操作をしない」にもつながります。

3.無理に青ランプを取ろうとしない。取れる状況のときに取る:実際の道路状況によっては、渋滞時や幅の狭い道路など、青ランプを取れない状況も多々あります。青ランプを取るには、安定した運転操作を続ける時間がそれなりにとれる道路状況が必要です。そのため、取れないような状況では無理に青ランプを取ろうとしないこと。青ランプを取ろうとすると、道路状況に合わない運転操作になったり、結果的に「急」のつく運転になって、減点されてしまうことが多いです。ですから、(白を出さないのは当然として)「ここは緑ランプで」「ここでは青ランプを狙う」ということを意識して、運転しましょう。

4.青ランプは(1)「加速度の変化量のわりに揺れが少ない運転」か(2)「加速度が一定で安定している運転」のどちらで青ランプを取るかを事前に狙い、取る:優先順位の最後にきて、ここで得点を取る運転です。上記3つは、得点を下げないための運転です。これらができていれば、青ランプの数はそう多くなくても、点数はあがります6。その上で、状況が許すとき、青ランプを狙います。(1)と(2)のどちらか(あるいはどちらも)を狙うかを決めて、運転操作をしましょう。(1)は評価部分でも書いたように、2次関数的に加速・旋回・減速をすると取りやすいです。(2)は一定量で加速・旋回・減速を続ければよいです。(1)と(2)を繋げて、しなやかに加速後、一定量で加速を続けることで、青ランプを継続させることができます(加速の場合)。

ちなみに、PDFの9ページ目によれば、(1)は、1回の操作につき1点のみの加点ですが、(2)は、安定している時間分だけ点数が加算される(何秒で何点、などまではわかりませんが)ので、可能ならば(2)を長い間続けると、より点数が上がりやすくなるはずです。

おわりに

ひととおり書いておいてなんですが、私もそんなにしっかりは分かってはいないです。特にハンドルはうまくなくて、ワインディングロードでは青ランプはたくさん取れませんし、白ランプもそれなりに出ます7。市街地ではハンドルで青ランプを取る機会が少ないのかなあと思ったりしていますが、もうちょっと、青ランプになる基準の閾値などを探っていきたいなあとも思っています。

それと、この記事で書いた良い運転の方法は概念的に過ぎて、具体的にどのように運転操作をしたら良いのかはあまり分からないかもしれません。そこは、実際の運転のいろんな場面で試してみていただければよいかと思います8。特に青ランプの運転は、これまで穏やかな運転をしていた方には結構な急制動かなあと思われるかもしれません(私がそうでした)。なので、ひらけた道で、交通量が少ない場所で、実際にどういう運転操作で青ランプがつくのか、を試すとよいかと思います。

最後に、i-DMを使うのは良かったのかどうか? についてです。個人的には結構良かったです(だから記事を書きました)。自分が行った運転操作に応じて、白ランプや青ランプがつきます。これがフィードバックになります。白ランプがついたときは確かに揺れが大きいことをあとから思い返して実感するため、そのような運転をしないようにしようと心がけるようになります。他方、青ランプがついたときは、i-DMの意図通り、体感的にもスムーズに運転ができていると大体の場合納得できます。そのため、青ランプを増やそうというのは、マツダが考える「走る歓び」の実現に近づくのではないかなあと思います。これまで青ランプが出るような、気持ちの良い、のびやかな運転(と私は呼んでいます)は意識的にはしてませんでした。ですからそれをi-DMによって知り、学習できているのはとても嬉しいことです。

ただ、i-DMはあくまで運転操作に対しての評価であり、道路状況の評価は加味しません。ですから、前後センサーや車線検知システムなどを使って、道路状況的にも良い運転か、というところまで評価に加えられるとなおいっそう良くなるのではないかと思います。とはいえ、PDF14ページ目に書いてあるように、i-DMは普段の道でも運転の楽しさを見つけるための「ゲーム」にすぎないので、i-DMでマツダが考える「良い運転」を「伝授」いただいたら、あとはそれを適度に心がけながら、安全に、たのしく、運転していったら良いのではないかな、と思います9


  1. この例ではアクセルを踏み込んで加速している状況を例に取っていますが、旋回の度合い、減速度合いについても同様に考えてください。

  2. ちなみに、加速度の変化量のことは躍度とも呼ばれるらしいです。

  3. 説明がわかりにくい場合はGoogle他で検索してみてください。たぶん、力学を分かりやすく説明しているページや動画が良いかと思います。

  4. 上記のPDFには揺れについて「大きい「揺れ」 つまり急な加速度の変化が発生している」と書かれています(3ページ目)ので、急加速や急減速、かっくんブレーキのように準備なしにいきなり加速度が変化した場合に揺れが起きる=白ランプ、と判定しているように思います。

  5. やったことはないのでわかりませんが、いわゆるポンピングブレーキもここの判定で白ランプがつくんじゃないかと思います。

  6. 得点計算の細かい話になりますが、PDFの9ページ目の情報からは、同じ白ランプでも内部的には減点は1〜3点の幅があるようです。ですから、たとえ白ランプを出してしまったときでも、その減点を少なくするために、身体を揺らさない運転を常に心がけておくことが大事です。

  7. 冒頭の写真も、1番良いスコアが出たときの結果を撮ったものでして、その次の「今回」のスコアは4.5、アベレージは4.9になりました……。今は、アベレージ4.8〜4.9の間を推移している感じです。

  8. 気分によっては書くかもしれません

  9. そういうわけで、隠しコマンドで出てくる4th stage、5th stageは今のところあまりしたいと思っていません。

「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針(R2/3/28)」の「情報提供・共有」まとめ

令和2年3月28日発表の「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」1の「三 新型コロナウイルス感染症対策の実施に関する重要事項 > (1)情報提供・共有」に「①政府は、以下のような、国民に対する正確で分かりやすく、かつ状況の変化に即応した情報提供や呼びかけを行い、行動変容に資する啓発を進めるとともに、冷静な対応をお願いする。」(7-8ページ)と書かれており、8ページにその具体例が載っています。

ただ、それぞれの情報がネット上ではどこに書いてあるかすぐには分かりませんでした。なので、項目ごとに、適すると思う情報をまとめておきました。なお以下の情報が正しいとは限りませんので、活用の際はご自身でご確認ください。下記それぞれの情報作成者の方に感謝いたします。

全体

先述の「(1)情報提供・共有」の各事項ではありませんが、政府自体が作ったポータルサイトWikipediaの外部リンク集が各政府機関の情報へのアクセスのしやすさに繋がると思いますので、ここに「全体」として載せておきます。

発生状況や患者の病態等の臨床情報等の正確な情報提供

以下は国内についての情報です。

以下は海外についての情報です。

国民にわかりやすい疫学解析情報の提供

手洗い、咳エチケット等の基本的な感染対策の徹底

体調不良時の休暇取得、学校の欠席、外出自粛等の呼びかけ

原文:「風邪症状など体調不良が見られる場合の休暇取得、学校の欠席、外出自粛等の呼びかけ」

相談・受診の考え方を周知

原文:「厚生労働省が作成する「新型コロナウイルス感染症についての相談・受診の考え方」をわかりやすく周知」

差別防止の呼びかけ

原文:「感染者・濃厚接触者や、診療に携わった医療機関・医療関係者その他の対策に携わった方々に対する誤解や偏見に基づく差別を行わないことの呼びかけ」

少し探した限りですが、見つかりませんでした6

「三つの密」を避けることについて

原文:「室内で「三つの密」を避ける。特に、日常生活及び職場において、人混みや近距離での会話、多数の者が集まり室内において大きな声を出すことや歌うこと、呼気が激しくなるような運動を行うことを避けるように強く促す。飲食店等においても「三つの密」のある場面は避けること」

従業員及び学生の健康管理や感染対策の徹底についての周知

学生の健康管理や感染対策の徹底についての周知は、少し探した限りですが、見つかりませんでした。

家族以外の多人数での会食を避けること

少し探した限りですが、見つかりませんでした。おそらく、「三つの密」が避けられない状況になるからだと思います。

今回の対策では「ロックダウン」をしないこと・国民の落ち着いた対応の呼びかけ

原文:「今回の対策では、「ロックダウン」(都市封鎖)のような施策は政府として実施しないことを周知し、国民の落ち着いた対応(不要不急の帰省や旅行など都道府県をまたいだ移動の自粛等や商店への殺到の回避及び買い占めの防止)の呼びかけ」


  1. 余談ですが、URLはできるだけいつでも特定の場所を指していてほしいので、後で変更されそうな(=リンク切れになりそうな)変更日の日付が入ったURLにはしないでいただきたいな、と思ったりはします。

  2. 3Dマップのため表示には少し時間がかかります

  3. 「あくまで自分が収集したデータですので、データが間違った可能性はあります。厚生労働省などの公的機関の報道に参考してください。」(引用元)とのことです。

  4. 北海道の右上を起点に、縦方向に東北〜九州・沖縄の順番で並べられているようです。個人的には左上起点に横方向に並んでいる方が、分かりやすいです(このページが基本的に横書きでできているので)

  5. 余談ですが、URLには「dengue_fever」が使われています。もともとデング熱用のQ&Aページを流用したのでしょうか……?

  6. 私の考えを書いておきます。こういうことについての差別は、感染症に関する恐れが原因のように思います。恐れること自体は生命維持にとって適切な反応です。ですが、恐れの心が強くなりすぎて、ストレスが強くかかると、とにかくその恐れから離れたい一心になってしまいます。それで、落ち着いているときにはできるような理性的な判断ができなくなってしまい、「自分とは関係がない人たちが感染している」(から問題ない)や「感染者に近い人たち(医療従事者)があぶない」(からその人たちからは徹底的に離れる)という発想になるのだと思います(実際のところ、感染症の原因になる細菌やウイルスは人を選びませんし、医療従事者はずっと昔から平均的に一般の人たちよりも感染症対策に気を配っているはずです)。ですから、まず自分が恐れを感じていることを認めて(それはとても自然なことです)、「国民にわかりやすい疫学解析情報の提供」書いてある情報などを摂取して、状況に応じてできるだけ普段通りの生活を送りながらも、感染予防と感染拡大防止に効果のある行動をしていきましょう。

焦燥感対策(2019年12月版)

3週間に1回くらい、いろいろやりたい・しないといけないことがあると思っているのに特にやる気が出ず時間が過ぎることがある。最近そこから回復する策が大体同じなので、轍を作るために書いておく。

1. 理解する

まず焦燥感の中身を理解する。自身の心が何を言っているのかを観る。大体、私の場合はしたいこと・すべきことがたくさんあるのにそれを満たすだけの時間が無いと言って不満を持っていることが多い1。まずはそれらを観て、自身がそういった思いを持っていることを自覚する。

2. 委ね諦める

自分の心がどうなっているのか大体分かったら、ものごとの道理の方を観察する。いろいろな人の人生、歴史などを思い浮かべると、自身で流れを変えやすい要素もあれば、変えにくい要素もある、との思いに至ってくる。思いと言葉と行動はコントロールしやすい要素で、運や生まれの差や縁などはコントロールしにくい要素2である。後者については委ね諦め、前者にフォーカスするようにする3

3. 配分する

元々の問題は、したいこと・すべきことがたくさんあるがそれに対して時間が無いことだった。諦めるべきことを諦めて、フォーカスするべき事にフォーカスできるようになった(とする)。

さてどうスケジュールするか。最優先事項を優先するのが有名だが、今の私は賛成していない。どうもバランスを崩してしまうようである。それは私がいろいろなことを少しずつ同時に進めていきたい(あるいはそうせざるをえない)からであって、最優先事項を設定するとバランスを崩すように感じるからだ4。他にも理由がある。ある期間における時間は有限であり、したいこと・すべきことを進めるのもある程度の予測はできるが、それも完全ではないということだ(振り返れば簡単な問題に多大な時間費やすこともある)。人生にはコントロール出来ないものは多い(と感じている)。

だから代わりに費やすエネルギーを各テーマごとに簡単な比率で配分することにした。「エネルギー」というのは、費やす時間と大体同じとも言えるが、それよりかはもっとふわっと感覚的な、そのテーマに対してかける比重のことを指している。

例えば私の今の配分は以下のようにしている。

  • 音楽:4
  • 読む:3
  • 書く:3
  • 思考:3
  • 資格:2
  • 他:2

この配分を指標にして、大体そのようになるようにやっていくようにする。例えば昨日は音楽をよくやったので、今日は書くのをよくやる、という形で。

4. 再配分する

いくらかの期間が経てば、状況は変わる。上記の例で言えば、今書きたいことが書き終えれば各比重は下げてもいいし、読む時期だと思えば上げると良い。外因によっても変わるだろう。だから、この配分が役に立たなくなったなと感じたときは、このプロセスの1. からもう一度やり直して、配分を新しくする。


  1. それ以外にもいろいろな思いが湧き上がってくるが、表面的な問題として典型的に感じられるのはこれである。その背後に持つ思いも理解しておく方が望ましい

  2. ちなみに後者を自分にとって良い方向にある程度向けることもできる。「自己洗脳」により意識に顕在化しないレベルでポジティブな解釈や反応を増やすことで、良い「運」や「縁」が増える事認識になる(引き寄せ的な話 ※やり過ぎると乖離を起こしかねないのでご注意を)。ただしそれは結局のところ前者に含まれる(思いを変える)のでことになるので、後者については諦めるのが良い(極端な話、災害や無差別殺人の被害に遭うことは100%避けることはできない)。ちなみに、「洗脳」するなら「慈悲」を自覚的にするのがおすすめだと思っています(が好きにしてください)

  3. これは7つの習慣の第一の習慣「主体的である」や、「ニーバーの祈り」と同じ

  4. 7つの習慣』は大分前に読んだので、こう感じることについての記述があったならそれはちゃんと読めていなくてごめんなさいということで

Homeberw で not a valid keg の Error が出たときは、当該パスが空かどうかを見てみる

Homebrew で libffi をインストールしようとしたところ

Error: /usr/local/opt/libffi is not a valid keg

というエラーメッセージが出てしまいました。

Homebrew での用語としての Keg は「Formula のインストール先パス」とのこと(参考)らしいです。

この Keg が指している先に Formula の内容へのシンボリックリンクが置かれるらしい(参考)。そこで当該パスを覗いてみたところ、なぜか(普通の)ディレクトリが配置されていたため、こちらを退避して /usr/local/opt/libffi には何もないようにしてからもう一度インストール(brew install libffi)したところ、無事に成功しました。

ということで、/hoge/foo is not a valid Keg というエラーが出たときは、/hoge/foo が空かどうかを確かめてみると良いと思います。

参考

EV 値を知って楽しく写真を撮る

カメラの話です。今回は EV 値のことを知って楽しく写真を撮ってほしいと思い、書きます。EV 値とはカメラに入る光の量(露出)の指標の一つなのですが、これが頭に入っていると、露出と表現のバランスを考えた写真が撮れるようになり、また普通のカメラではどんな状況でも完全に自分の思い通りの表現にすることはできないことも納得できるようになります。EV 値の決まり方と使い方が分かれば、自然光(定常光)を手中に収められるようになります。そうすると、(露出に関しては)写真撮影のときに納得して、気持ちよく撮影ができるようになってきます。

以下では、まず EV 値とはなんなのか、EV 値はどのように決まるかについて解説し、次に EV 値をどうやって使うかについて例を挙げながら説明します。そうして EV 値の基本的なところが分かった後に、「露出と表現のバランスを考えた写真を撮る」とはどういうことかについて詳しく見ていき、最後に「普通のカメラではどんな状況でも完全に自分の思い通りの表現にすることはできない」ことについて、ここもいくつか例を挙げながら説明していきます。

なおこの記事は、露出を決める 3 要素である、絞り・シャッタースピード・ISO について基本的な知識があることを前提として書いています。

EV 値とは

EV 値とは、「適正露出を割り出すための指標」です。適正露出とはなんでしょうか? いろいろ議論があるところかと思いますが、この記事では、適正露出というのは、「多くの人が、その写真が、明るすぎとも感じず、暗すぎとも感じないと思うような写真を撮るために必要な光の量」というような意味にしておきます。

EV 値について、以下のように定義していきます。

\displaystyle \mathrm{EV} = \mathrm{AV} + \mathrm{TV} - \mathrm{IV}

\displaystyle \mathrm{AV} = \log_2{\mathrm{F}}^2 = 2 \log_2{\mathrm{F}}

\displaystyle \mathrm{TV} = \log_2{\frac{1}{\mathrm{S.S.}}}

\displaystyle \mathrm{IV} = \log_2{\frac{\mathrm{ISO}}{100}}

 \mathrm{F} は F 値、 \mathrm{S.S.}シャッタースピード \mathrm{ISO} は ISO 感度のことを指しています。

数式だときっちり定義ができる(それと数式の方が理解がしやすい人もいる)ので一応数式を書いておきましたが、個人的には 2 つ目以降の式を覚えておく必要性はあまり感じません。2 つのことを覚えていればことが足りるためです。

  1. F 値=1 が  \mathrm{AV} = 0、シャッタースビード 1 秒が  \mathrm{TV} = 0、ISO 感度 100 が  \mathrm{IV} = 0
  2. それぞれ、露出を一段下げれば +1

2 つ目について補足します。写真の露出において、「一段」というのは、光を取り込む量が倍になったり半分になったりすることを言います。一段下げるというのは、光を取り込む量を半分にすることです。シャッタースピードは、倍速くすれば(例:1/30 秒 →1/60 秒)光を取り込む量が半分になるので、これで一段下がります*1。ISO 感度については、半分になれば(例:800→400)感度が半分になり光を取り込む量が半分になるので、一段下がります。F 値(絞り)についてはどうでしょうか? F 値は、 \sqrt{2} 倍すると(例:2→2.8)一段下がります*2。これらの法則を使って、AV・TV・IV を出せば、数式は覚えずとも EV 値を少し考えればいつでも出せるようになります。

EV 値の使い方

EV 値を出すことができるようになりましたが、これをどのように使えば良いのでしょうか? EV 値は、シーンごとに適正露出となるような絞り・シャッタースピード・ISO 感度を決めるために使っていきます。実は経験的にシーンごとの適正露出となる EV 値の目安があります。このページこのページこのページをご参照いただければシーンごとの表が載っているので見てみてください(他にもあると思います)。あるいは、これまで撮った写真の EXIF を確認して、どれくらいの EV 値だったのかを知ることもできると思います。これらの情報を参考にすると、それぞれ大体、快晴の EV 値は 15、日陰や曇りの時は 12,日の出や夕暮れになってくると 10、室内は明るいところで 9、暗いと 4、そして夜の屋外は 0 前後だ、といったことが分かってきます。

さらに快晴の時の EV 値を利用して、特定の ISO・絞りで適正露出となるシャッタースピードを出してみましょう。ISO100、F 値 11 の時(風景を撮影したいときとかですね)、シャッタースピードはいくらにしたらよいでしょうか? ISO100 のときは  \mathrm{IV} = 0 、F 値 11 で  \mathrm{AV} = 7 です*3から、適正露出 15 にするためには  \mathrm{TV} 15 - 7 = 8 にすればよいことがわかります。  \mathrm{TV} = 8 にするには 1/250 にすれば良い*4ので、ISO100、F11、S.S.1/250 が適性露出だとわかります。ISO100、F 値 2.8 の時(被写体以外をぼかしたいときとかですね)は、ISO100 で  \mathrm{IV} = 0、F 値 2.8 で  \mathrm{AV} = 3 ですので、適正露出 15 にするためには  \mathrm{TV} 15 - 3 = 12 にすればよいことがわかります。 \mathrm{TV} = 12 とするには、シャッタースピードは 1/4000 にすれば良いです。このような手順で、ある条件下で適正露出となる絞り・シャッタースピードISO感度を求めることができます。

露出と表現のバランスを EV 値を使いながら考える

基本的な EV 値の使い方が分かったかと思いますので、ここからは露出と表現のバランスについて EV 値を使ってどうやって考えていくかについて書いていきます。まず露出と表現のバランスとは何か? ということについてですが、(自然光での)露出を決める 3 要素である絞り・シャッタースピード・ISO 感度は、それぞれ露出量を変化させるとともに写真の表現的要素も変化させます。絞りは、被写界深度と言って、ピントが合っている範囲の距離を長くしたり短くしたりすることができます(ボケ量と言っても良いかもしれません)。シャッタースピードは、動く被写体の場合、撮影中にどれだけ被写体を動かすかを決めることができます(少し不適切ですが、簡単のため、以後このことを「被写体ブレ」と言うことにします)。ISO 感度は、これはあまり表現には関係しませんが、画質を決めます(感度が高い方が画質が悪い)。

上記 4 者(露出・被写界深度・被写体ブレ・画質)は相互依存関係にあります。例えば、被写界深度を変えようと思った場合は、絞り値を変化させる必要があるので、露出が変わってしまいます。そこで被写界深度と露出を維持しようと思うと、今度はシャッタースピードや ISO を変える必要があるので、被写体ブレや画質に影響がでてくることになります。このように、4 者には相互依存関係があります。そのことを認識して、写真を撮るときにどういうことを考えてパラメーターを選択するか、を具体的に見ていきたいと思います。

夕暮れ時を想定してください。上記のサイトで見ると、EV 値は大体 10〜11 です。ここでは 10 として進めます。ISO 感度は少し上げて、200 とすることにしましょう。このとき EV = 10 を達成する絞り値とシャッタースピードの組み合わせは以下の通りです。

F 値 シャッタースピード
1 1/2000
1.4 1/1000
2 1/500
2.8 1/250
4 1/125
5.6 1/60
8 1/30
11 1/15
16 1/8

夕暮れ時に静物を撮るとしましょう(例えば料理)。静物を、被写界深度浅めでボケを効かせた写真としたいとき、たとえば F2 で撮ろうとするとき、シャッタースピードは 1/250 必要となります。これは、静物においては十分なシャッタースピードですね(被写体ブレも、手ブレも標準あたりの焦点距離なら起こさない)。ということは、ISO 感度を 100 に下げて、シャッタースピード 1/125 でも良いかな、と考えることができます。露出と表現、どちらも達成できる状況ですね。

これが、被写界深度深め(F11 とか)で撮りたいとなると、シャッタースピードが遅くなり、手ブレが気になってきます。この場合、手ブレに強いカメラを使うとか、もたれかかったり三脚を使うなどして手ブレを抑えるとか、あるいは画質は多少犠牲にして ISO 感度を上げるとか、当初の被写界深度の予定を変更して F 値を少し下げてシャッタースピードを稼ぐ、という対策が必要になってくることがわかります(それぞれどれだけ上げる・下げるかは、上で書いたどれだけ変化させると 1 段分の変化になるか、を参考にしてください)。こういう感じで、EV 値を基準にすると「露出と表現のバランスを取る」作業を行いやすくなります。また、当初予定していた表現の方を変化させて、露出アンダーめで撮る、という発想もあります。これもバランスを撮る一例(「表現」の方を当初の想定から変化させることで、別の均衡点へ移動する)と言えるでしょう。

夕暮れで動体を取ることも考えてみましょう。どれくらい動くかにもよりますが、1/500 くらいは欲しいとしましょう。そうすると、上記表から F 値は 2 で、狙った被写体全てをぼかさずに取るのは難しそうです(これも被写界深度と被写体の厚みに依りますが、ここでは話を進めるために「難しい」としておきます)。最低でも F2.8 は欲しいな、と思うと、画質は多少犠牲にしても ISO 感度を上げて露出を稼ぐ、という選択になるでしょう。上記の例と同様に、表現の方を変えて、流し撮りができる被写体であれば流し撮りシャッタースピードはより遅くても大丈夫になるため、シャッタースピードを遅くして深い被写界深度で撮る、ということも考えられます。

最後に、風景の撮影を考えましょう。風景ではパンフォーカスにしたいと考え、求める F 値が 11 だったとします。この場合、シャッタースピードが遅く手ブレが気になります。この場合静物被写界深度深めのところで書いたように、いろいろな対策を講じる必要が出てきます。ですがここで風が吹いていて、被写体ブレを抑えるためには 1/125 は必要なときはどうしましょうか。ISO 感度を上げるか、絞り値を下げないといけません。ISO 感度だけで対応する場合、ISO は 1600 になり、画質の劣化は避けられなくなってきます*5。以上のように、限られた露出の中で表現のバランスを取る必要が出てきます。この例は 2 点目の「普通のカメラではどんな状況でも完全に自分の思い通りの表現にすることはできない」にも繋がります*6

カメラの限界を知る

極端な状況では思い通りに撮影できないな、という感想は、少し写真を撮っていればなんとなく抱くと思います。これを EV 値を使ってよりはっきり認識してみましょう*7

星空を撮るとしましょう。星空の適正露出は EV=-4 ということにします。ISO 感度 100 で考えると、F4 としてシャッタースピードは 240 秒必要になります。焦点距離にもよりますが、これでは星が移動してしまい、線のように見えてしまうはずです。そこで ISO 感度を上げる必要があります ISO3200 の場合は、8 秒で可能です(この場合は星は点にはならず)。可能ですが、やはりそれなりの画質劣化は避けられません。画質にこだわった星空撮影は、通常の機器では難しいわけです*8

次に快晴の状況下で、絞りを開けて撮影することを考えてみましょう(ポートレートとかで行いそうですね)。快晴の EV を 16 とし、F1.4、ISO100 で撮影するとします。このとき必要なシャッタースピードは 1/16000 ですが、一般的なフォーカルプレーンシャッターの最速シャッタースピードは 1/8000 なので、1 段分露出オーバーになってしまいます。機種によっては、最速シャッタースピードが 1/4000 だったり 1/2000 だったりする機種もありますので、その場合はより露出オーバーになってしまうことでしょう。これを解決するには、光の量を少なくする ND フィルター(カメラのサングラスみたいなものですね)を使う必要があります*9*10

また、居酒屋のような低照度の室内で、人を撮ることを考えてみましょう。シーンの適正露出は EV=5 として、F 値は 4、人は動くので 1/250 くらい確保したいなと考えると、ISO 感度は 12800 必要になります。となると、やはり画質の劣化は避けられないわけです。最近のカメラは ISO 感度 12800 でも使えるくらいの画質になりますが、最良の画質は ISO100〜400 あたりになるので、それと比較するとそれなりに(画質については)諦めないといけないことになります。そうすると、当初の表現は諦めて、 ISO 感度に余裕を持たせるためにあえてシャッタースピードは遅くして、被写体ブレを起こ「させて」動きのある写真にする、という発想もで浮かんだりするでしょう。それもまた良いと思います(表現の方を変化させて、別のバランスで露出の組み合わせをとる、ということですね)。

むすび

というわけで、EV 値のことが分かると、露出の面でいろいろと納得して撮影できるということが分かっていただけたかな、と思います。皆様が撮影するシーンを思い浮かべていただいて*11、それぞれのシーンの EV 値はいくらくらいなのか、欲しい F 値とシャッタースピードはいくらくらいか、その場合 ISO 感度はどれくらいにしたら撮れるのか、特別な道具は必要になってくるか、といったことを EV 値というツールを使っていろいろ想像してみてもらえたらと思います。そして実際に撮るときの露出調整にも EV 値を活かして、楽しく写真を撮ってもらえたら嬉しいな、と思います。

*1:ただし現在使われているカメラのシャッタースピードの刻みは厳密に 2 の累乗倍にはなっていません。1/1, 1/2, 1/4, 1/8, 1/15, 1/30, 1/60, 1/125, 1/250, 1/500, 1/1000 のようになっているはずです。そこは丸めて計算してください

*2:なぜでしょうか? 絞りというのは、カメラのレンズの中にある円の大きさを調節して光を取り込む量を調節する機構ですが、F 値はその半径の値です(より詳しくは、Wikipedia を参照してください)。半径が半分(= F 値が 2 倍)になれば、光を取り込む量=面積は円の公式(  {\pi r^{2}} )より 1/4 倍になります。ということは光を取り込む量=面積を半分にするには半径は  \sqrt{2} 倍すればよい、ということになります

*3:F1 のとき AV = 0, 1.4 のとき 1、同様に 2→2、2.8→3、4→4、5.6→5、8→6、11→7 となります

*4:1 秒のとき TV = 0、1/2 のとき TV = 1、以下同様に 1/4=2, 1/8=3, 1/15=4, 1/30=5, 1/60=6, 1/125=7, 1/250=8

*5:もっとも最近のフルサイズ機では1600まで上げても実用上ほとんど問題ないくらいの画質の劣化と言えるので、大きな問題にはならないかもしれませんが

*6:詳しい方向けに。上記で書いたプロセスは自動露出(P モード・A モード・S モード)でもたどり着くことができます。できるのですが、個人的にはマニュアル露出(M モード)の方が楽しいのではないかな、と思っています。カメラの自動露出は、いくつもある適正露出を出すための3つのパラメーター(絞り・シャッタースピードISO感度)の組み合わせのうち、常に自分の願った値を出してくれるとは限りません。絞りやシャッタースピードについては、自分の狙った値になるように A モードや S モードもありますが、それでも他のパラメーターは自分の思い通りになるとは限りませんし、その他のことはカメラに任せているので、思った通りのパラメーターにならないときにその理由が分からず不満を募らせてしまいます(私がそうでした)。M モードであれば撮影前に少し時間があれば 3 パラメーターを完全に自分が責任を取って設定できますから、納得して撮影できるため、楽しいのではないかなと思います(ただし露出がめまぐるしく変わるライブや、結婚式などのシーンでは調整時間が足りないので、自動露出を活用した方が良いと思います。したことはありませんが)。ただ、それを経験で覚えるのは大変かつ不安定なわけで、それを補助してくれるものとして EV 値があり、私自身もこれで M モードで撮りやすくなったため、EV 値を知ってもらえたらなという思いもありこの記事を書いています

*7:と書きつつ、以下の例は実際に撮ったことはないので、想像です。想像ですが、EV 値があれば、実際に撮る前に大体のことは分かる、という例にもなるかなと思います

*8:ちなみに調べたら、星の移動に合わせて撮影するには赤道儀という道具がが必要なようですね

*9:と書きはしましたが、実は最近のカメラに搭載されている電子シャッターは1/32000秒で撮れるらしいので、ND フィルターを使う必要は無くなります。すごいですね

*10:また、主題から外れるので本文では書きませんでしたが、晴天下長秒露光時の ND フィルターの濃度も事前に大体決定することができます。例えば晴天下の水流風景を長秒露光で撮影したいとき、F11・シャッタースピード 30 秒・ISO100 で撮りたいとすると、この EV 値は 2 となるので、晴天時の EV 値 16 との差 14 段分を ND フィルターで埋める必要が出てきます。詳細は割愛しますが、ND フィルターは ND1=0 で、ND2, 4 と 2 の乗数に従い +1, +2 となるので、ND1000 + ND16 が適正露出のためには必要になる、ということが分かってきます

*11:例えば、屋外静物・屋外景色・屋外スポーツ・動物園屋外・室内料理・室内静物・動物園屋内・屋内スポーツ・電車(動体)・電車(静物)・夕焼けのシルエット撮影・居酒屋・キャンプ・花火・天の川、などなど

私の仏教的経験について

最近、お酒を飲んでいません(人とでも一人でも)。たまに理由を聞かれたときは、「宗教上の理由」などと答えています。嘘ではないのですが、そういう場で詳しくは話そうとは思いませんし、話すととても長くなるし、やべーやつにしかならないので、話していません。でも知っていてくれたら嬉しいなという気持ちはあるので、読みたいと思う人だけ読めるこういった場所で、そうなった経緯も含めて、「私の仏教的経験について」という題で長い話を書いておこうと思います。また、仏教の瞑想やスピリチュアルなどそのあたりに興味がある方もいらっしゃるかと思いますので、一事例として、その方々の参考にもなればと思い、書きます。

※「どうしてお酒を飲まないか」については、最後の方に書いてあります。このリンクで該当箇所まで飛べます。

仏教を知る

「宗教上の理由」の「宗教」とは仏教のことなので、まずは仏教をどういう経緯で知ったか、という話をします。宗教や心理、精神世界の探求にはその元の動機となる「課題」を各々抱えていることと思います。具体的な問題があったり、自分が嫌いだったり、あるいは実存の怯えとでも言えるようなものや、死への恐怖などがあるでしょう。単純に好奇心というのもありえるかもしれません。私の場合は具体的な問題として立ち現れてきました。なお、この記事で述べる「仏教」は主にテーラワーダ上座部・南方・小乗)仏教系のことを指しています。

学生の頃の私は自信がありませんでした。自分の向き不向きや進路についてあまり深く考えていませんでした。就職活動もなんとなく、大学生の就職先として一般的であると思われる一般企業への正社員での就職を目指していましたが、上手くいってはおらず、将来への不安を抱えていました。主流と思われている人生の生き方をすればなんとなく生きれると思っていて、自分の人生を引き受けようとしていなかったのですね。

こういう問題の場合、がむしゃらに問題に立ち向かっていって解決する方法もあるかと思いますが、私はそうはせず、問題に対するつらい気持ちをなんとか和らげたいと願いました*1

そこでまずよすがにしたのが、心理療法でした。私が中学生の頃、心理学に興味を持ち、いくつか本を読んでいました。読んでいた中で来談者中心療法や行動認知療法といった心理療法も知っていったのですが、いよいよ結構しんどいなと思ったその頃、それらを試してみたいと思うようになりました。けれども来談者中心療法の方法であるカウンセリングは、うまく話せそうにないという不安や、スティグマを「なにか」に押されるような不安から*2、行くことはできませんでした。また、書店にある行動認知療法の本はカウンセラーのために書かれたものが多く、私の目的に合致しませんでした。自分でできる本もありましたが、自身が行ったことについて、そうするまでに至った思考プロセスを逐一詳しく書くことが求められており、「そこまでするのはちょっと(大変)……」と思い(しとけばよかったですけどね)、結局買いはしませんでした。

もっと分かりやすいものはないかと思い本棚を探していると、『うつ・不安障害を治すマインドフルネス―ひとりでできる「自己洞察瞑想療法」』(大田健次郎、佼成出版社)という本が見つかりました。心理療法の棚には行動認知療法以外にも種々の認知療法についての本があり、そこにはマインドフルネスストレス低減法やACTといった、マインドフルネスを支柱とした心理療法の本もありました。行動認知療法と同様に、カウンセラー向けのものは多いのですが、「ひとりでできる」というところで魅力を感じ、上記の本を手に取ったわけです。それが、「マインドフルネス」を知ったきっかけです。

その本に従い「自己洞察瞑想」をしていったのですが、あまり楽にはなれませんでした。行うことは具体的に書かれているのですが、説明があまりうまく理解できなかったのです。また、ステップ1ができたらステップ2、それができたらステップ3……と、次のステップへ進むためには前のステップを完了していることが求められているのですが、最初のステップ1にあった「朝7時までに起きる」がまず当時の私には難しく……。心は少し軽くなったような気もしますが、先に進んで良いものかどうか分からず、結局はしたりしなかったり、な状態でした。

それで、またどうしたらよいかと思い書店へ行き手に取ったのが『マインドフルネス』(バンテ・H・グナラタナ、サンガ)でした。結果的に私にとってこの本は当たりでした。この本を手に取るに至った経緯はあまり覚えていないのですが、上記の本の中に、「自己洞察瞑想療法」が「仏教の瞑想法を元にしている」といった記載があったので(確か)、そこから仏教の瞑想法の本棚へ向かって探したのだと思います*3

観察

以上のような経緯で、仏教での瞑想法を知り、それを行っていきました。仏教の瞑想法も、「マインドフルネス」と呼ばれます。仏教独自の言い方では、「ヴィパッサナー瞑想」とか「気づきの瞑想」が多いでしょうか。以下この記事では、それらをまとめて単に「瞑想」と表記することにします。

瞑想は、簡単に言えば、今何をやっているのかを今その都度確認していく作業になります。歩くときは、右足を前に出して地面におろし、左足を前に出して地面におろすことでしょう。それらの一連の動作(の繰り返し)を、今こう動いた、今こう動いた、と確認していく感じになります。

そうすることが分かってきたら、先ほど書いた「今何をやっているのか」の「やっているのか」の部分を極力抜いて、「今(身体と心に)起こっていること」を観察するようにしていきます。長時間(20分以上目安)動かなくて済み、意識が明晰にできる姿勢(つまり腰を伸ばした寝る以外の姿勢)をとり、目は閉じるか伏し目にして視線は虚空を見つめ(要するに意識的に何か見ようとはしないようにするということ)、鼻から出て入る呼吸を観察します。そのまま観察を続けていると、そのうち身体の痛み*4や想念などが大体の場合出てきますので、そのときはそれらが起こっていることを確認しながら、呼吸の観察を行っていきます。何も起こっていないときは、呼吸の観察だけ行っておきます。呼吸の観察を忘れて心身の現象に没入することもあります。そうなっていることが分かったときは、分かった瞬間からまた呼吸と心身の現象の観察に戻っていくようにします*5。こんな感じのことを、好きな時間、あるいは事前に決めた時間だけタイマー等を使ってやっていきます。

変化

でまあ、こういうことを続けていきますと、いろいろと変化が出てきます。顕著に感じた3つの変化を書きたいと思います。

まずは、ポジティブな心理状態が増えていきました(1つ目)。心身の現象の観察は、かなり来談者中心療法的なカウンセリングに近いと思っています。心に去来するものごとを、自然なタイミングで、自然な速度でクライアントが語り、カウンセラーがそれを受容する。瞑想はこれを一人で行っているのに近いのではないかと思います。そうすると、自分の心についての理解が進むのですね。こういう事で悩むことが多いとか、ちょっと自分を責めすぎているとか、あるいはこういうパターン(思考機序)で自分や人を責めることが多いのだな、とか、それが続いて気分が悪くなったりするのだな、とか、そういうことが分かってきます。

ものごとの仕組みを理解したと感じると、安心します。まず、仕組みを知ること。そうすれば、ネガティブな考えに入ること自体は避けられなくても、「ああこれか」と自分が今どういう状態になっているかなどが分かってきます。正体が分かった「敵」の威力はあまり強くありません。落ち着いて見ていると、大体の場合消えていきます。消えなくても、消えないことについてさらに悩むことは無くなります。そうすると、ポジティブな思考(解釈)の方が増えていきます*6。これは楽でした。

一方で、驚くべき変化も起こりました。楽しいという感情とか、悲しいという感情が消え失せたように感じたのです(2つ目)。サイコパスになったんじゃないかと不安に思いました。実際、そうだとも言えます。『サイコパス 秘められた能力』(ケヴィン・ダットン、NHK出版)には、2つの共感が説明されています。一つは「熱い共感」。人が喜んでいたり悲しんでいるのを見て、同じように喜んだり悲しんだりする感情ですね。もう一つは「冷たい共感」。これは人が喜んでいたり悲しんでいるのを見て、その人にその感情の動きがあることは理解するのですが、一緒になっておもわず喜んだりはしないということです。これが自分自身の感情に対して起きたわけです。「感情は私ではない」とは仏教系では良くいわれることかと思いますのが、それが起こったわけです。自己と感情の分離です。これまで当たり前のように私だと思っていたものがそうでなくなったのですから、それは不安でしょう*7。どう解決したのでしょうか? あまり思い出せませんが、上記の本をつまみ読みして、自分の状態が大体わかって安心したことと、感情が分離したことに慣れてきたことで、悩みが解消していったと思います。あと詳細は割愛しますが、慈悲も大事だと思います。感情と一体化するという防衛機制が失われたあと、自分を守ってくれるのは慈悲や善行だと思います。

そういった変化があった後も、瞑想を続けました。そうすると次第に、ポジティブな思考もネガティブな思考も飽き飽きしてくるようになりました(3つ目)。思考は絶え間なく生まれ、消えていくのです。そのどれかを捕まえてそれを「私」(の見解)にすることが、とても重くしんどく感じられるようになってきたのです(もちろんネガティブな思考よりポジティブな思考を持っておく方が良いのですが、それにしがみつくとそれはそれでしんどくなってしまいます)。なので、あまり持たないように、心の動きを観察し続けながら、ただ流れていくように……と瞑想をしていきました*8

認識の「追加」

そのようなことがありながら、なおも瞑想を続けていくと、認識が追加される事態が2つ起こりました。

一つ目は、「今」が圧倒的に「今」である、という認識です。過去と未来は「ある」(実在する)と思っていたのですが、圧倒的に「今」が続いていくというリアリティが眼前に現れ、過去と未来が想像の範疇に収まったのです。過去に起こったことを思い出すことも、未来にどのようなことが起こりそうか考えることもできるのですが、それを行っているのは常に「今」だ、という認識が追加されました。これはとても安心できて、なぜ安心できるかというと、つねに付き添う「今」が圧倒的にリアリティをもって存在しているので、「今」を支柱に、ホームベースにできるからです。常に立ち返ってこれるポイントが、「今」にある。ストレスは、ストレスを解消する方法があると認識している時点で大分和らぐと聞いたことがありますが、それと似ています。いったん種々の問題を脇に置いてリセットするのは、「今」にあると思うようになったので、楽になりました。

二つ目は、全ての現象が生まれては消えていくことだけが続いていくという認識です。例えば、木を見たら木だと思うでしょう。木は育ち、春には葉をつけ、冬には葉を落とし、それが繰り返され、いつかは枯れる、と知ってはいても、1分やそこらで変わっているようには見えないでしょう。それが、目で見ては変化していないように見えても、認識では刻一刻と変わっていくように見えるようにもなるのです。はい、変わったのは世界ではなく私の認識の方です。対象を認識する心が変化し続けているのです。ということは、それによって作られる私にとっての世界も変化し続けているということになります。固定的にある物体も、原因があって変わらないように見え続けているが、微細な領域では変化し続けている、というように感じられるようになります。

これもまたとても安心することでして、なぜ安心するかというと、悩みが起こる構造をこれまた圧倒的に納得してしまうからです。仏教では、どうして悩み苦しみが起こるのか、というのを、「ものごとは自分の思うとおりには完全には動きません。それぞれの縁起が相互に関連して現象が起こっているから、思い通りにはならないこともあるんです。でもそうは言っても思うとおりになって欲しいと思いますよね、だから思い通りにならないこともあって、そこで何で(思い通りにならないんだ)と苦しむんですよ」というように説明しているのですが、「それぞれの縁起が相互に関連して現象が起こっている」という部分がこの認識の追加によってありありと感じられるようになるのです。具体的にどんな縁起が起こっているかなどということは分からないのですが、何についても変化が続いているという認識が起こるわけですから、その説明に納得せざるを得ないわけです。そうすると、苦しみのからくりが解けて、楽になります。分からないものごとに納得のいく説明が与えられると安心する、というのと似ているかと思います。

その後

さて、こうした認識が追加されてどうなったかというと、好ましい変化はひとつありました。すべてのものごとに関連性があるように感じられて、あまり寂しくなくなりました。「わたし」はすべてのものから形作られてできており、他のすべてにも「わたし」は埋め込まれている、と。現代文の授業などで、人から受けてきた影響が私を形作っている、というようなことを書いてある文章はよくあったような気がしますが、とはいえ実感としては「私」は何か他のものとの分離している部分があるように感じられていました。その垣根がなくなったような感触です。それは、上に書いた「それぞれの縁起が相互に関連して現象が起こっている」という説明にとても納得したからです。こうなると、家族が亡くなってもあまり寂しくなくなります(死を知った時は、喪失感はありました。じっと、その喪失感と一緒にいました)。「わたし」をよく見ると、そこにはその人のかけらがいくつもあるのです。生きた証は、「わたし」にあるのです*9。「わたし」のかけらも、いろいろバラまかれていることでしょう*10。そういうことがあったのでなんだかとても楽になりました。

でも、他のことはあまり変わりません。うまく表現出来ないこともあるし、人の話を聞かないこともあるし、自分や人を傷つけることもあります。欲に駆られることもあるし、うらやむことはあるし、仕事はそんなにできるわけではないし、思ったものを得られるわけではありません*11。ただ、コミュニケーションとしてのそれは別として、ため息と貧乏ゆすりは無くなりました。多分ため息も貧乏ゆすりも、それを起こそうとしている中身を観察した方がましだと思うようになったのでしょう。

あとはあまり変わらず、「今」を生き続けています。

どうしてお酒を飲まないか

さてやっと、どうしてお酒を飲まなくなったかについて書きます。一言で言えば「不飲酒戒を守りたくなった」となるのですが、そのあたりの経緯をもう少し詳しく述べることにします。

これまで書いたように、瞑想をやっていくことで、どんどん楽になっていきました。そうすると、楽しみのために飲んでいたお酒を飲むと、むしろ心を乱されてしまうように感じるようになりました。先に、認識が追加されたと書きましたが、欲に溺れたりしているときはその認識は消えてしまいます。お酒が入っていないときは、それも長くは続かないのですが、お酒が入ると、常時そのモードになってしまうので、つらくなるわけなのですね*12。それを何度か繰り返して分かってきたので、自発的に飲む回数は減っていきました。

それで自分からお酒を飲むことはしなくなっていったのですが、人と一緒にお酒を飲むことはそれからもしていました。お酒を飲むことは嫌になっていたのだけれども、人とのつながりが絶たれるのではないかという気持ちがあり、それが怖かったのですね。でも結局のところ、やめました。それは、お酒が無くても人間関係は構築していけるかな、というある程度の自信と、お酒が無いと構築できないような関係は捨てる(あきらめる)、最悪それが原因の一つになって行き詰まってもまあしかたないか(いいか)、というところに落ち着いたためです。

そういう経緯でお酒をやめたので、表現としては「お酒が苦手になった・いやになった」と言うほうが適切かもしれませんが、その後そのことについてきっちり話すとなると、おそらく上に書いたような話をすることになるだろう(そして話をするには長すぎる)ということと、お酒については完全にシャットアウトする便利な言葉として「宗教上の理由」と答えるようになるに至りました*13

ちなみに、お酒をやめて飲み会の場などでどうなったかというと、以前よりも人の話をしっかり聞けるようになったためか(すみません、聞いてないときもあります)、あまり関係は無くなっていないと思います(自然消滅した方の関係が思い出せないだけかもしれない*14)。割り勘の場合は少し安くしてもらうこともあったりして、ありがたかったりします(とはいえその分食べていると思うのでトントンな気もしていますが……)。そして何よりも、きちんと聞こうとする状態に早めに戻れるということは、個人的にはとても嬉しいことです。

おわりに

ここまで読まれた方、おつかれさまでした。ありがとうございました。多分しっかり説明しようとなると、長くなるなと思ってはいたのですが、まあ長くなりましたね……。冒頭にも書いたとおり、どうしてお酒を飲まなくなったかの経緯が分かったり、一事例として参考になればさいわいです。自分にとっても、一つの物語としてまとめることで、これまで起こってきたことの関連性や流れについて洞察を得られそうな感じがしており、書いてみて良かったなあと感じています。

*1:ストレスが起こる問題の対処法にはどんなものがあるのか? については、「ストレスコーピング」というキーワードで検索すると良さそうです

*2:押そうとしているのは「私」です

*3:余談ですが、やはり書店という場は良いと思います。なんとなく興味を持った対象について、現在出版されている本には限られますが、ざっと背表紙を見て、タイトルを見比べて、気になった本については手に取って本の内容を見ることができる。良さそうだと思ったら、そのまま買って帰ることができる。これまで書いてきたように、曖昧な欲求から仏教へ行き着くには主に本をたどってきた、ということになりますが、そういうことができるのは、現時点では書店だけだよなあ、などと思います(と思っていましたが、図書館もそれができますね)。

*4:ちなみに身体の痛みが我慢ならず、姿勢を変えたいときは、瞑想をやめるか、あるいは姿勢をゆっくり変えながら身体の動きを観察して、変え終わったらまた瞑想を続けたら良いと思います

*5:分からなくなることは良くあるから気にしないで良いです。とりあえず10000回くらい失敗して戻ってくる、そんな心持ちでやってみてください。10001回目も、来ます

*6:これまで観察してきたところによると、ポジティブな思考とネガティブな思考はだいたい水から出てくる泡のようにランダムにそれぞれ勝手に現れてくるようです。しかし生存本能と言えばいいでしょうか、そのあたりがネガティブな思考に反応することで、ネガティブ側の思考が見えやすくなる傾向があると思います。ネガティブな思考は自己を保存してくれる部分は役に立ちますが、ネガティブ思考が行き過ぎて自身の心身を傷つけるようになってくるとそれはそれで問題です。それで、ほどほどのところでやめておくようにしておくと、ポジティブ側の思考が見えることがだんだん増えてきます。そういう機序でポジティブな思考が増えていきます

*7:ちなみに不安といっても、「うわ不安だ、どうしようヤバイ、まじでどうなっちゃったの? もうまともではいられないかも……」というような、感情が自己と一体化して渦巻くのではなく、「なるほど不安か、ではなにか、答えを探してみますか?」とあくまでデータの一つのように感じられるようになる感じです。言葉にすると、どちらも自己と分離しますから、表現するのが難しいですね。つらい感情があっても、絶望ではなく痛みになります。楽しい感情があっても、有頂天ではなく喜びになります。感情から受ける影響が自身全体を覆いはしなくなります。そのような感じです

*8:これは、前段落に書いた「感情と自分の分離」のように、「思考と自分の分離」を企図していると言えそうです

*9:大切な人を亡くしたときは、悲しみが収まってきたら、よかったら探してみてください。きっとたくさん残っていると思います

*10:このあたりは手塚治虫的世界観ですね

*11:認識の追加で何か劇的に状況が好転するわけではありません。そちらについては、その因縁を積んでいけば(要するに「がんばれば」)望む結果が得られる可能性が上がると思っています。もちろん、安心感が役に立つことはわりとありますが、独立しているものと思った方が良いでしょう

*12:一応補足しておくと、これは私の場合そうなったのであって、普通は感情を抑圧してストレスが溜まることが多いので、それをスムーズに吐き出してくれるお酒(の場)は精神衛生上良いものだと思います。私もそれに助けられていたところは多いにありました

*13:もう少し詳しく書くと、まず「宗教上の理由」がスラングなので、本気で言ってるのか冗談で言っているのか分からないことで、あまり興味のない人&それについて関わりたくない人はそれ以上聞くのをやめること、次に、詳しく聞きたい人がもしいた場合は、これまでに書いた経緯を話すことで、きっちりと答えられるということ、最後に、宗教と聞いてその全てを避けたい人の場合は、多分うまくはやっていけないので、早めに関係を薄められること(ポジションを取っておく感じですね)、上記3つを達成できそうな言葉として、「宗教上の理由」を使っています

*14:でも多分、お酒一つで関係がどうというのはあまりないと思います。一緒にいて楽しいと感じられるか、が判断基準になるでしょう

錯乱円径(=ボケ量?)のグラフを ggplot2 で表示する


動機

写真の話です。

写真において、ピントが合っている(とみなせる)範囲のことを、「被写界深度」と呼びます。被写界深度は、レンズの焦点距離F値・被写体との距離・許容錯乱円径によって変わります(被写界深度 - Wikipedia)。

ピントが合っている範囲が分かるのは良いのですが、ピントが合っていない部分のボケ量も知りたい。「ピントが合っている位置からどれくらい離れたらどれくらいボケるのか」を、写真表現のためにつかみたい、と思いました。しかしその指標を見つけることはできませんでした1

なんか指標はないかなと思っていたところ、被写界深度計算式の「許容錯乱円径」が使えそうかなと感じてきました。許容錯乱円径は許容できる錯乱円の直径のことで、錯乱円とは、ピントが合っていないものが円形にボケることを言います。これはつまりボケ量のことなのではないか? ということで、被写界深度の式を変形して、ピントからどれだけ離れると錯乱円径がどのように変わるかをグラフで見たいと思いました。

グラフ描画にはR2を使うことにしました。R でグラフを描くには ggplot2 が良いと教えてもらったので、それを使うことにしました。課題はありますが、とりあえずこれまでしたことをまとめておきたいので、記事にしています。

どんなんできたの

こんなグラフができました。X がピント合焦点からの距離(mm)、Y が錯乱円径(mm)(のはず)です。レンズの焦点距離が35mm、F値は2.8、ピントが合っている位置までの距離が 5000mm (=5m) としています。

前方:

f:id:seibe2:20190102222706p:plain

後方:

f:id:seibe2:20190102222643p:plain

どうやって作ったの

前方被写界深度は、

{ \displaystyle
 D_F = \frac{\epsilon F s^ 2}{f^ 2 + \epsilon F s}
}

後方被写界深度は、

{ \displaystyle
 D_R = \frac{\epsilon F s^ 2}{f^ 2 - \epsilon F s}
}

です( f焦点距離 F は F 値、 s はレンズ面からピントが合っている位置までの距離、 \epsilon は許容錯乱円径)(参考:『高校数学でわかる光とレンズ 光の性質から、幾何光学、波動光学の核心まで』(竹内 淳) / カメラの被写界深度の計算 - 高精度計算サイト)。

これを  \epsilon について解きます。今回はWolfram先生(Wolfram|Alpha: Computational Intelligence)にご協力をいただきました。

結果、前方においては

{ \displaystyle
\epsilon = - \frac {D_F f^ 2}{D_F F s - F s^ 2}
}

となり、後方においては、

{ \displaystyle
\epsilon = \frac {D_R f^ 2}{D_R F s + F s^ 2}
}

となるようです。

(2019/1/5追記開始)ちなみに、{ D_R = - D_F} とおいたときは、

{ \displaystyle
\epsilon = \frac {D_F f^ 2}{D_F F s - F s^ 2}
}

となります。これは前方においての式の結果を負の側にするだけとなりますので、下記の式で統一的に錯乱円径を示せることになるかと思います:

{ \displaystyle
\epsilon = \left| \frac {D f^ 2}{D F s + F s^ 2}\right|
}

(2019/1/5追記終了)

これを、ggplot2 でプロットすることにします。

正規分布など好きな関数の曲線を描きたい - Qiita」を、参考にさせていただきました。これをもとに、RConsole で以下のように入力して、上記のグラフを得ました。

前方:

> g2 <- ggplot(data=data.frame(X=c(0,4000)), aes(x=X))
> g2 <- g2 + stat_function(fun=function(x, f, F, s) - (x * f^2)/(x * F * s - F * s^2 ), args=list(f=35, F=2.8, s=5000), colour="red")
> g2

後方:

> g2 <- ggplot(data=data.frame(X=c(0,4000)), aes(x=X))
> g2 <- g2 + stat_function(fun=function(x, f, F, s) (x * f^2)/(x * F * s + F * s^2 ), args=list(f=35, F=2.8, s=5000), colour="blue")
> g2

 D_F, D_R を x軸とする方法は分からなかったので、x にしています。

また、stat_functionfun=function 部分は、function(使用する変数) 式 という書き方にするようです。使用する変数を入れず、args=list(...)の部分のみにf=35を記載していたので、エラー出てしまい、つまづいてしまいました。

考察

被写界深度を計算してくれるサイト(カメラの被写界深度の計算 - 高精度計算サイト)によれば、同条件で許容錯乱円径を0.03mm とした場合において、前方被写界深度は 1,276.6mm、後方被写界深度は 2,608.7mm ということで、目視ですが大体合っているように思えます。

後方よりも前方の方がピント距離からのボケ量が大きいことも分かりました。後方 2m では、錯乱円径は0.025mm ですが、前方 2m では 0.055mm となり、よりたくさんボケるようですね。

また、後方については 100m までのグラフを出してみました。以下のグラフです。

f:id:seibe2:20190102223204p:plain

これによれば、距離が伸びても、あまり錯乱円径は広がらないようです。後景においては、一定量以上はどれだけ距離を伸ばしてもあまりボケ量は変わらない、ということかと思います。

課題

したい順に並べています。

  1. 変数を入力したら結果が出るようにしたい(毎回上のような入力をするのは面倒、さくっとCUIのを作れたら良いのですが)
  2. 前方部分と後方部分を合わせて、一つのグラフにしたい(ピントを合わせた距離から前後にどれだけボケるのかを一望したい)
  3. 許容錯乱円径を与えて、その線を引きたい(すぐにできそう)
    1. の線との交点をグラフに載せたい(被写界深度も分かってお得)
  4. グラフを意味明瞭にしたい("X", "Y"とか意味不明なので。簡単にできそう)
  5. 近似式ではない式で計算したい(現在、 s \approx s - f焦点距離よりもピント距離の方が充分に大きい)として計算しているため)

するかどうかはわかりません。


  1. なにかご存じでしたら教えて頂ければ幸甚にございます / (2019/1/5追記:ありました:フォーマットサイズによるボケ量の変化 | 五海里

  2. なんとなく